東方閃電-小羊の足跡に従っていくこと

東方閃電全能神教会は世界に”神様が帰ってきた”ことを公に証ししています。彼は再臨の主イエスです。神様の羊は神様の声を聞き分けます。多くの真理を渇仰する人は、東方閃電全能神教会を考察します。

キリスト教会 賛美聖歌 「神は全ての望みを人に置く」



この世の始まりから
人は神と話せた 人だけが
全ての神がお創りになった中で
人は聞く耳と見る目と
思考と言葉と自由意志を持つ
すべて与えてくださった
御声聞き 御心識り
その託された使命を受け入れるために
神は人に望み置き
友とすること望まれる
心と思いを通わせ
ともに歩むものを

救いの始まりから
神は待っておられる
人が心を捧げ
それを清め 備えるため
神の思い満たし 愛され
畏れ 悪を避け
神は待っておられる
いつも望まれている
神の思い満たし 愛され
畏れ 悪を避け
神は待っておられる
いつも望まれている
『言葉は肉において現れる』より
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キリスト教会 賛美聖歌 「神への信仰の本当の意味」



多くの人が神を信じているが
信仰の真の意味を理解し
神と心を一つにする術を理解する人はあまりに少ない
多くの人が「神」という言葉を知り
神の業」という言葉も知っている
しかし彼らは神も 神が実際に行う業も知らない
その信仰が盲目なのは当然だ
それが未知で奇妙なものなので
彼らは真剣に考えず
神の要求からかけ離れている
あなたが神と その業を知らなければ
神に用いられるに相応しくなれるだろうか?
あなたは本当に
神の望みを果たすことができるのだろうか?
神の存在を信じるだけでは不十分だ 
それはあまりに単純で 宗教的であり
神への本当の信仰心とは言えない
真の信仰とは
神が全てを支配しているという信仰に基づき
神の業と言葉を体験して
堕落した性質から自分を解放し
神の望みを果たして神を知ることである
それこそが神を本当に信じることなのだ

多くの人が神を信じることを
単純で浅はかだと思っている
そんな信仰は意味のないものだ
どうして神がそれを認めようか?
神の存在を信じるだけでは不十分だ 
それはあまりに単純で 宗教的であり
神への本当の信仰心とは言えない
真の信仰とは
神が全てを支配しているという信仰に基づき
神の業と言葉を体験して 
堕落した性質から自分を解放し
神の望みを果たして 神を知ることである
それこそが神を本当に信じることなのだ
それこそが神を本当に信じる道なのである
『言葉は肉において現れる』より

キリスト教会 賛美聖歌 「神への信仰の本当の意味」



多くの人が神を信じているが
信仰の真の意味を理解し
神と心を一つにする術を理解する人はあまりに少ない
多くの人が「神」という言葉を知り
「神の業」という言葉も知っている
しかし彼らは神も 神が実際に行う業も知らない
その信仰が盲目なのは当然だ
それが未知で奇妙なものなので
彼らは真剣に考えず
神の要求からかけ離れている
あなたが神と その業を知らなければ
神に用いられるに相応しくなれるだろうか?
あなたは本当に
神の望みを果たすことができるのだろうか?
神の存在を信じるだけでは不十分だ 
それはあまりに単純で 宗教的であり
神への本当の信仰心とは言えない
真の信仰とは
神が全てを支配しているという信仰に基づき
神の業と言葉を体験して
堕落した性質から自分を解放し
神の望みを果たして神を知ることである
それこそが神を本当に信じることなのだ

多くの人が神を信じることを
単純で浅はかだと思っている
そんな信仰は意味のないものだ
どうして神がそれを認めようか?
神の存在を信じるだけでは不十分だ 
それはあまりに単純で 宗教的であり
神への本当の信仰心とは言えない
真の信仰とは
神が全てを支配しているという信仰に基づき
神の業と言葉を体験して 
堕落した性質から自分を解放し
神の望みを果たして 神を知ることである
それこそが神を本当に信じることなのだ
それこそが神を本当に信じる道なのである
『言葉は肉において現れる』より

キリスト教会 賛美聖歌 「『真理の道』を追い求めるための原則」


I
真理の道示す 基本の原則
まずは聖霊が働いてるか 見さだめることだ
真理が正しく 表されてるか よく見ることだ
誰が証しされ それが何をもたらすか悟りなさい
神を信じることは その霊を信じることであり
受肉した神への 信仰はその体が 霊の体現だから
受肉した肉体 その源こそ神の霊
この肉体となったものは まさしく神の言葉なのだ
II
この道に真理が あるかを知りなさい
それは正常な人間性の 命の性質
正しい知性と 見識と知恵と 人の常識
ずっと昔の 創造のときに神が望んだもの
その道は生活を 正しく導いてくれるもの
その真理はあなたに 正常な人として
生きるよう求めてくれているか?
現実的であり 時期や時代に即してるか?
そのような真理ならあなたの 経験は現実味帯びる
あなたの人間性と理知は完全になる
あなたの霊と、肉体の生活は
より秩序だったものになり
喜怒哀楽はより正常なものとなるだろう
III
真理を見極める 基準はもう一つ
神をいっそう 深く知る助けとなったかどうかだ
真理は心の中 神への愛吹き込んでくれる
神のもとに近づけ
実在感を与え 生命を充実させてくれる
この原理を見出し 真理の道を見つけなさい
真理の道を見つけなさい 真理の道を見つけなさい
『言葉は肉において現れる』より

キリスト教会 賛美聖歌 「人を救うことが神の業の目的」


神の愛と あわれみは
神の業の すみずみに しみわたる

神の善意が 感じられずとも
神はたゆまず 業を執り行う
神の業が 理解できずとも
感じるだろう 神が救い満たしてくれるのを
神の目的は 
人類をサタンの支配から奪い返すこと
神に逆らい 落ちた者さえも見捨てず
神の愛と あわれみは
神の業の すみずみに しみわたる

神の愛や命 感じられずとも
神を離れず 
たゆまず真理求めるなら
神の微笑み 感じられるだろう
神は必ず人に微笑むだろう
神の目的は 
人類をサタンの支配から奪い返すこと
神に逆らい 落ちた者さえも見捨てず
神の愛と あわれみは
神の業の すみずみに しみわたる
『言葉は肉において現れる』より

キリスト教会讃美歌「終わりの日のキリストの出現と働きを知るには」



神が肉とされた時
彼は自分に与えられた働きをもたらす
神が何者か現すため 
彼は全ての人々に真理をもたらし
いのちを与え行くべき道を指し示す
神の本質を内に秘めていないなら
どんな肉体でも神の受肉ではありえない
神の受肉は神の本質と表現を具現化する

神の性質と言葉と業によって
神の受肉と真理の道を確証しなさい
彼の本質を注視しなさい
神の外見ばかりに目を奪われるのは
無知で愚かなことである
内なるものを外見では判断できない  
神の業は人の思いと一致するものではない

エスの外見は
人々の期待とは違っていたのではないか
彼の姿や身なりは
本当の姿を隠していたのではないか
パリサイ人たちはそのことが原因で
彼に敵対したのではないだろうか
彼らはイエスの外見だけに目を奪われ
エスの発した言葉には耳を傾けなかった

神の出現を求める兄弟姉妹が
歴史を繰り返さないことを神は望んでいる
パリサイ人たちの例にならい
神をまた十字架に打ちつけてはならない
だからよく考慮しなさい
再臨するイエスをどう迎え入れたらよいか                                             
どう真理に従うか明瞭な意見を持ちなさい
それはイエスの再臨を待つ全ての者の義務である
『言葉は肉において現れる』より

キリスト教会讃美歌「神の本質は全能で実際的である」



神は実際に業を行う間
その性質と自分の全てを表す
神の全能性は
人ができない業を行うことに示され
その実際性は
神がその業を自ら為すことに示される
神は全能で実際的である
神の言葉は全能の力とともにあり
神は権威とともにある
神が言ったことは実現する
神が話す時、結果よりも前にその全能性が現れる
心に留めよ
神の本質は全能で実際的
これらは互いに強め合う
神の業は神の性質と神とは何かを示す
神の存在には、全能と義と威厳がある

律法の時代にある出来事があった
神はヨナにニネベへ行くよう命じた
その時、神の実際性がこのようにして示された
ヨナは神から受けた命令を拒否し
彼は大魚に飲み込まれた
しかし彼は
そこで3日間、死なずに生き延びた
神はヨナにしたことで全能であることを示した
神はいつもその業で自分の性質と自らの全てを示す

神はふたつの本質を持つ
それは全能と実際的であること
それらはあらゆる神の業の段階と
神が為すことのあらゆる点に見ることができる
これが神を知る道のひとつ
心に留めよ
神の本質は全能で実際的
これらは互いに強め合う
神の業は神の性質と神とは何かを示す
神の存在には、全能と義と威厳がある
神の存在には
義と威厳がある
義と威厳がある
『言葉は肉において現れる』より