東方閃電-小羊の足跡に従っていくこと

東方閃電全能神教会は世界に”神様が帰ってきた”ことを公に証ししています。彼は再臨の主イエスです。神様の羊は神様の声を聞き分けます。多くの真理を渇仰する人は、東方閃電全能神教会を考察します。

聖霊の御言葉「人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く」 その2

全能神は言われます「一旦、征服の働きが完成すると、人は美しい世界に連れて行かれる。もちろん、この生活はまだ地上にあるが、今日の人の生活とは全く似ていない。それは全人類が征服された後の生活で、地上の人間にとって新しい始まりであり、人類にとってそのような生活を送ることは、彼らが新しく美しい領域に入ったという証拠である。それは地上における人と神の生活の始まりである。そのような美しい生活の前提として、人は清められ征服され、造り主の前に服従しなければならない。そして、征服の働きは人が素晴らしい終着点に入る前の、神の働きの最終段階である。そのような生活は地上における人の未来の生活であり、地上で最も美しい生活で、人が待ち焦がれている生活で、世界史上人が決して達成したことのない生活である。それは六千年の経営の働きの最終的結果で、人類が最もあこがれる、神が人に約束したものでもある。」

更に多くの内容

聖霊の御言葉「堕落した人間は神を体現することができない」

全能神は言われます「サタンの行いの全ては人を通して示されている。今や人の行い全てはサタンの表現であり、よって人が神を体現することはできない。人はサタンの化身で、人の性質は神の性質を体現することはない。良い性格の人たちも中にはいて、神がそのような人たちの性格を通して働き、その働きが聖霊によって支配されることもあるが、人の性質が神を体現することはない。神が彼らに働くのはただ彼らがすでに持っている物を用い、それを拡張しているに過ぎない。昔の預言者や神によって用いられた人たちでも、誰も神を体現することはできない。」

聖霊の御言葉「信者はどんな見解を持つべきか」

全能神は言われます「かつて、多くの人たちは野心や観念、そして自分たちの希望のために追求した。これらの事を今ここで議論はしない。あなたがた一人一人が神の前で正常な状態を維持することができ、サタンの支配の足かせから次第に自由になることができる実践方法を見つけることが鍵である。そうすれば、あなたは神に得られ、神があなたがたに願っている通りの生き方ができる。これこそ神の願いが成就できる唯一の方法である。」

その他の内容

聖霊の御言葉「神の信仰は宗教的儀式でなく現実に焦点を合わせるべきである」

全能神は言われます「周りの注意を引こうとする傾向がある人たちがいる。そのような人たちは、兄弟姉妹の前では神に負債があると言っているが、陰では真理を実践したりすることもなく全く違うことを行っている。これは宗教熱心なパリサイ人たちのようではないだろうか。神を心から愛し、真理に従っている人とは神に忠実な人のことで、それを誇示する人のことではない。真理に従っている人は、問題が起こると喜んで真理を実践し、良心に逆らって話したり行動したりするようなことはしない。問題が起きると知恵を用い、どんな状況下でも原則に基づいて行動する。このような人こそ真に仕えている人である。」

讃美歌「肉となった神が現れた時に示す権威と力」キリストの大いなる力を賛美する


神の言葉が肉となる」という意味は
「神の言葉が肉体から発される」ということ
この事実を成し遂げるために 神は地上に降りたのだ
旧約聖書モーセの時代に 神が天から語るのとは違う
それは千年の神の国の時代で実現し
全ての人々がその目で 
そのとおりの成就を見られる
これは神が肉になる深遠なる意味
聖霊の働きは肉と言葉で成し遂げる
「言葉が肉となる」「言葉が肉に現れる」
この言葉の真の意味である

神だけが聖霊の思いを語れる
肉となった神だけが聖霊に代わって話せる
言葉は受肉の神として現れ
全ての者は導かれる
誰もこれを逸れることはできずに
この境界の中で生きている
人々はこの言葉から理解を得る
この言葉を通さなければ 
天から言葉を受けることは
誰ひとり夢見ることさえできない
これが肉となった神が示した権威である
それにより一人ひとりが確信するように
肉となった神によって示された
『言葉は肉において現れる』より

キリスト教讃美歌「神は人類が生き続けるのを願っている」神の愛は確かなものだ


神は人を蔑んだ 人が神に敵対したから
でも神の心の中の
人への思いやり、心配、憐れみは変わらない
人間を滅ぼした時さえ
極みまで人が汚れ 不従順になっても神は
その性質と本質のゆえに 原則に従い
人間を滅ぼさざるを得なかった
神はそれでもなお人類を憐れんだ 神の本質のゆえに
人類を贖うため様々な方法使うことさえ願った
彼らが生き続けられるように
彼らが生き続けられるように

それにもかかわらず 人は神に逆らい続けた
神の救いを受け入れるのを 
神の善意を受けるのを拒んだのだ
どんなに神が彼らに呼びかけ 
思い出させ、備え、助け 彼らに耐えても
人は理解も感謝もせず心に留めることもなかった
神は苦しみの中でもなお 忘れず人に最大の忍耐を与えた
人が立ち返るのを待ちながら
神は限界に達した後 ただ為すべきことをした
言い換えれば神が人を滅す事を決め
その業の開始が公けになるまである期間と過程があった
人を立ち返らせるために
それは神が人に与えた最後の最後のチャンスだった
『言葉は肉において現れる』より

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讃美歌「人類が安息に至る唯一の道」終わりの日における主の裁き


懲らしめと裁きによる 神の最後の聖めの中
立つ者は最後の安息に入る
サタンから解き放された者は
神のものとなり最後の安息に至る
裁きと懲らしめの真髄は
最終の安息に備え人を聖めること
この業がなければ 全人類は種類で分類されない
それが安息に入る唯一の道

聖めだけが不義を消す
この裁きと懲らしめは 人の不従順を明るみに出し
救われる人と滅ぼされる人
残る人と残らない人と分ける
最後に神は悪しきを罰し 良きものに報いを与え
人類を完全に聖め 永遠の安息にともなう
これは神の業完成のための 最後の重要な段階
邪悪な者が残れば 人は安息に入れない
一度神がその業を成し遂げれば
全人類が聖いものとなり
神は平穏に安息の中に住める
裁きと懲らしめの真髄は
最終の安息に備え人を聖めること
この業がなければ 全人類は種類で分類されない
それが安息に入る唯一の道
『言葉は肉において現れる』より

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